「家族一緒がいい」その言葉に胸が痛む

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少しずつ、長女の癇癪が減ってきました。

別居中の夫が、毎日こちらの自宅に来てくれています。
仕事終わりに寄って、子どもたちと関わり、私を手伝ってくれる。

その変化が、結果的に子どもたちの心の安定につながっているのを感じています。

それでも長女は、よく言います。

「ママでもいいけど、パパとママが一緒、家族一緒がいい」

その言葉を聞くたびに、胸がぎゅっとなります。

私だって、別居したくてしたわけじゃない。
でもそれは大人の事情。

子どもに背負わせるものではないですよね。

「悲しい思いをさせてごめんね」

心の中で、何度もつぶやいています。


カサンドラ症候群という言葉

カサンドラ症候群という言葉を、聞いたことはありますか?

正式な診断名ではありませんが、
主に発達特性のあるパートナーとの関係の中で、共感が得られず、孤独や抑うつ、不安、身体症状が現れる状態を指す言葉です。

  • 話し合いがかみ合わない
  • 気持ちが伝わらない
  • こちらの苦しさが理解されない

その積み重ねで、心や体が限界を迎えてしまう。

私は、後からこの言葉を知りました。


夫と感情の共有ができなかった日々

たとえば、こんなことがありました。

洗濯物がびったりくっついて干されているのを見て、
「少し離して干してくれると嬉しいな」とやんわり伝えたとき。

返ってきた言葉は、

「これが俺のやり方だから口出さないで!それともなに?やってくれんの?」

でした。

まだ長女の発達特性に気づいていなかった頃。
夫は長女の行動を理解できず、

「もう今日は遊ばない」

そう言って、寝るまで長女を無視することもありました。

子どもが「パパきらい!」と私の方へ逃げてくることも何度もありました。

私は子どもたちを守るために、産後間もない時期から三人を連れて外出することが増えていきました。

テレビの音量は爆音の60。
私が見ていても、確認もせずにテレビを消される。
家族の物を勝手に捨てる。

話し合えばその時は「わかった」と言う。
でも、また同じことが繰り返される。

あの頃から、うまく呼吸ができない感覚がありました。
今思えば、過呼吸の前兆だったのだと思います。


変わった部分と、変わらない部分

今の夫は、私の病気を理解しようとしてくれています。
毎日仕事終わりに来てくれる。

それは事実です。

でも、

  • 聞かずにテレビを消す
  • 家族の物を勝手に捨てる

こうしたことは、今も起こっています。

全部が変わったわけではない。

私は、過去に怒鳴られた経験から、どこかに恐怖心が残っています。
話し合うこと自体が、怖いと感じるときがあります。

でも、言い出せない私を見て、後からラインで
「俺なにかしちゃったかな?何かあったら言ってね」
と言ってくれるようになりました。


修復はできるのだろうか

子どものためにも、
できるなら関係を修復したい気持ちがあります。

でも、修復とは何でしょう。

  • 私が我慢を重ねること?
  • 怒鳴られないように言い方を工夫すること?
  • それとも、お互いが変わること?

話し合って解決できるのか。
それとも、根本的に価値観や特性の違いなのか。

まだ答えは出ません。

ただ一つ言えるのは、
あの頃の私は確かに苦しかったということ。

子どもたちの安定を願う気持ちと、
自分の心を守りたい気持ち。
今の夫の頑張りを信じたい気持ち。

どれも本当の気持ちです。

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