母が帰りたがった理由に、心が折れた話
母が我が家に住み込みで手伝いに来てくれてから、
二か月ほど経ったころのことです。
そのころから、母は頻繁にこんなことを口にするようになりました。
「お母さんはいつ帰れるの?」
「もう一生帰れないの?」
「ずっとお母さんの世話になるつもり?」
確かに、過呼吸の状態は少しずつ落ち着き、
日常生活や子育ては、なんとか回せるようになってきていました。
けれど、特性のある子どもたちを相手にする毎日は、
常に気が張った状態で、精神的にはとても不安定でした。
休まっている実感は、ほとんどありませんでした。
それでも母は、「帰れない」「いつまでいることになるのか」という不安を、
何度も私にぶつけてきました。
私はなぜ、そこまで実家に戻りたがるのだろう、と不思議に思っていました。
やがて、その理由が分かりました。
雪が解け、畑仕事の時期が来たからです。
畑を起こして、野菜を植えたい。
その話を、母は何度も、何度も繰り返していました。
そのとき、私の中に浮かんだ思いは、
「私の命は、庭の野菜以下なのだ」というものでした。
ここまで追い詰められ、限界を超えて過呼吸を起こし、
人生で初めて倒れたにもかかわらず、
私は誰からも心配されることなく、
母からは庭や畑の心配をされていたのです。
私は、感謝が足りなかったのでしょうか。
手伝いに来てくれたこと自体に、
もっと感謝するべきだったのでしょうか。
けれど、あのときの私は、
「元気になってよかったね」
「もう少し休んでいいよ」
その一言を、心の底から欲していました。
今振り返っても、あの言葉の数々は、
私の心を静かに、でも確実に折っていったように思います。



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