「どっちがこどもなのか」― 帰省で見えた、もう一つの壁

発達障害

法事があり、また実家に帰省しました。
非日常の環境、たくさんの人、慣れない空気。
発達特性のある長女にとっては、それだけでエネルギーを消耗する状況です。

案の定、長女と次女が言い合いになりました。

そこに、私の父が仲裁に入ったのですが――
その言い方が、長女の気持ちをさらに刺激してしまいました。

長女は感情があふれ、こう言いました。

「何言ってんのよ、ばかか?」

もちろん、よい言葉ではありません。
でもそれは“攻撃”というより、パニックの中で飛び出した言葉でした。

けれど父は、その言葉に完全にスイッチが入ってしまい、
8歳の子どもと同じレベルで感情的にぶつかり返しました。

私はこれまで、長女の特性や接し方を何度も両親に説明してきました。
「今は論理が通じない状態になる」
「言葉が荒れても、本人の本心ではない」
そう伝えてきたつもりでした。

それでも、父には届きませんでした。

その光景を見ながら、私はこう思っていました。

「今、この場でいちばん大人でいるべき人が、いちばん感情的になっている」

少し時間が経って、クールダウンした長女は、
勇気を出して父のところへ行き、

「じぃじ、嫌なこと言ってごめんね」

と謝りました。

ところが父は、長女の顔も見ずに
「うん」
とだけ言いました。

それ以上の言葉もなく、視線も合わせず。

それを見たとき、胸がぎゅっと締めつけられました。

謝ることができた子どもと、
それを受け取れない大人。

どっちがこどもなのか、わからなくなりました。

正直、
「父にも発達特性があるのかもしれない」
と思うことがあります。

衝動的に怒りが爆発すること
相手の立場に立って考えるのが難しいこと
自分の正しさに固執すること

でも、それを指摘することはできません。
そして仮にそうだったとしても、
今傷ついているのは、私の子どもです。

発達障害のある子を育てる中で、
一番つらいのは、
周囲の理解と協力を得られないことだと痛感します。

本人は必死に感情と戦っているのに、
「わがまま」「失礼」「しつけがなっていない」
と切り捨てられてしまう。

そのたびに、
子どもは「自分はダメな人間なんだ」と学んでしまいます。

私は、長女が大人になっても、
「人とぶつかっても、関係は修復できる」
「謝れば、またつながれる」
と信じて生きてほしい。

でも今回、彼女が見たのは、
謝っても背を向けられる大人の姿でした。

それが、いちばん悲しかった。

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