帰省中のトラブル②― 大人がたくさんいるのに、なぜ私は一人だったのか

発達障害

帰省中は、いつも小さなことがきっかけで、大きなトラブルに発展します。
正直、もう原因は覚えていません。
それくらい、同じことが何度も繰り返されているからです。

その日、二女が三女に対して何かに怒っていました。
内容は些細なことだったと思います。

三女は怖がって、私の後ろに隠れました。

すると二女は、
三女の服を引っ張り、転ばせようとし、押し倒そうとしました。

私は必死に止めました。
何度も声をかけました。
でも、言葉はまったく届きませんでした。

これはもう「聞いてもらえる状態」ではない。
そう判断し、クールダウンさせるために、私はリビングから玄関へ逃げました。

しかし二女は追いかけてきました。

兄が間に入り、少しの間制止してくれましたが、
二女はそれを突破し、リビングのドアまで来ました。

私は、
大人でも全力を出さなければならない力で、ドアを閉めました。

一方で二女は、
全力でドアを開けようとしてきました。

その間、私はドア越しに優しく声をかけ続けました。
でも、パニック状態の二女とは、まったく会話になりません。

どれくらいだったでしょう。
体感では、10分以上、
ドアを押さえ続け、癇癪と向き合っていたように思います。

その間、
母も父も、その他の大人も、みな静観していました。

必死にドアを押さえ、二女と闘っていたのは、私一人でした。

そのとき、二女が叫びました。

「包丁持ってくるからね!!!」

血の気が引きました。

幸い、実家の包丁の場所がわからず、
実際に包丁を持ち出すことはありませんでした。

しばらくすると、
怒鳴り声は、クスンクスンという泣き声に変わりました。

クールダウンしたことがわかり、
私はドアを開け、二女を抱きしめました。

そこから、抱っこで20分。

体重19kg。
決して軽くはありません。

その一連の対応を、
私は最初から最後まで、ひとりで行いました。

周りには、あれだけたくさん大人がいたのに。

なぜ、私は一人だったのでしょう。

誰も悪気はなかったのだと思います。
「どう関わっていいかわからなかった」
「下手に口出しできなかった」
それぞれ事情はあったのでしょう。

でも、
危険な状況で、母親一人にすべてを任せるという選択は、
本当に正しかったのでしょうか。

終わったあと、
どっと疲れが出て、
そして、強い悲しさが込み上げました。

これは、育児がつらいという話ではありません。

支援が必要な場面で、支援がなかった
ただ、それだけの話です。

私は、今日も思います。

「帰省は、休むためのものじゃなかったんだな」と。

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