帰省中は、いつも小さなことがきっかけで、大きなトラブルに発展します。
正直、もう原因は覚えていません。
それくらい、同じことが何度も繰り返されているからです。
その日、二女が三女に対して何かに怒っていました。
内容は些細なことだったと思います。
三女は怖がって、私の後ろに隠れました。
すると二女は、
三女の服を引っ張り、転ばせようとし、押し倒そうとしました。
私は必死に止めました。
何度も声をかけました。
でも、言葉はまったく届きませんでした。
これはもう「聞いてもらえる状態」ではない。
そう判断し、クールダウンさせるために、私はリビングから玄関へ逃げました。
しかし二女は追いかけてきました。
兄が間に入り、少しの間制止してくれましたが、
二女はそれを突破し、リビングのドアまで来ました。
私は、
大人でも全力を出さなければならない力で、ドアを閉めました。
一方で二女は、
全力でドアを開けようとしてきました。
その間、私はドア越しに優しく声をかけ続けました。
でも、パニック状態の二女とは、まったく会話になりません。
どれくらいだったでしょう。
体感では、10分以上、
ドアを押さえ続け、癇癪と向き合っていたように思います。
その間、
母も父も、その他の大人も、みな静観していました。
必死にドアを押さえ、二女と闘っていたのは、私一人でした。
そのとき、二女が叫びました。
「包丁持ってくるからね!!!」
血の気が引きました。
幸い、実家の包丁の場所がわからず、
実際に包丁を持ち出すことはありませんでした。
しばらくすると、
怒鳴り声は、クスンクスンという泣き声に変わりました。
クールダウンしたことがわかり、
私はドアを開け、二女を抱きしめました。
そこから、抱っこで20分。
体重19kg。
決して軽くはありません。
その一連の対応を、
私は最初から最後まで、ひとりで行いました。
周りには、あれだけたくさん大人がいたのに。
なぜ、私は一人だったのでしょう。
誰も悪気はなかったのだと思います。
「どう関わっていいかわからなかった」
「下手に口出しできなかった」
それぞれ事情はあったのでしょう。
でも、
危険な状況で、母親一人にすべてを任せるという選択は、
本当に正しかったのでしょうか。
終わったあと、
どっと疲れが出て、
そして、強い悲しさが込み上げました。
これは、育児がつらいという話ではありません。
支援が必要な場面で、支援がなかった
ただ、それだけの話です。
私は、今日も思います。
「帰省は、休むためのものじゃなかったんだな」と。



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