タクシー代が惜しかった母
初めて過呼吸の発作を起こした直後、
私は公共交通機関に乗れる状態ではありませんでした。
電車やバスに乗ることを想像しただけで、
動悸が強くなり、息が苦しくなってしまう状態でした。
母は運転免許を持っています。
私が使っている車は、もともと母が乗っていたものでした。
さらに、母は現在私が住んでいる町に、
過去に住んでいたこともあり、その頃は普通に車を乗り回していました。
一方で私は、まだ自分で運転することに自信がなく、
正直なところ怖さもありました。
そのため、母に運転をお願いしましたが、断られてしまいました。
母が運転に恐怖心を持つようになった事情があるのなら、
それは仕方がないことだと思います。
無理をさせるつもりはありませんでした。
次に考えたのが、タクシーでした。
けれど母は、「タクシー代、高いよね」と言って、乗ることを渋りました。
費用は私が払うつもりでした。
それでも母は納得しない様子でした。
そして、こう言われたのです。
「バスは乗れないの?」
それは、パニック障害をまったく理解していない言葉でした。
今の私にとって、バスに乗ることは、恐怖そのものでした。
結局、私が自分で運転することになりました。
片道三十分の道のりです。
運転中、母は何度も繰り返しました。
「あんた大丈夫?本当に大丈夫なの?」
そのたびに、心の中で思っていました。
それなら、タクシーに乗らせてほしかった、と。
けれど、それはどうしても嫌な母だったのです。
通院には母も同行しました。
診察室で、母は医師にこう言いました。
「私は、いつ自分の家に帰れるでしょうか?」
その瞬間、私は心から絶句しました。
目の前で診察を受けているのは、
過呼吸とパニック障害で苦しんでいる私です。
それなのに、母の関心は、いつ帰れるかという自分の都合だけでした。
あのとき感じたのは、
心配されていないという事実と、
自分の命よりも優先されるものがある、という深い虚しさでした。



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