考えても答えが出ないとき、どうやって手放すか

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二女の個人面談に行ってきました。
時間は20分。限られた中で、学校での様子を聞ける大切な機会です。

面談中、ふと先生の手元のノートが目に入りました。
そこには、すでに懇談を終えた別の保護者の記録が書かれていました。

そして一行目に、こう書かれていました。

「佐藤さんとあった」
※佐藤さん(仮名)は私のことです

思わず目が止まりました。
なぜ一行目に私の名前があるのか。
最初に出てくるほど重要なことなのか。
一体、どんな文脈で書かれていたのか。

第一声が私の話題だったのではないか——
そんな考えが頭をよぎります。

ただ、その場で聞くこともできず、
もやもやしたまま面談は終わりました。

先生からは特に気になる指摘もなく、
こちらに何か非があるような話もありませんでした。
だからこそ、「深刻なことではない」と頭では理解しています。

それでも、あの一文が頭から離れませんでした。

「佐藤さんとあった」

この「あった」は「会った」ではなく、ひらがなの「あった」。
だからこそ意味を探してしまい、
気づけば同じことを何度も考えてしまう——いわゆる反すう思考の状態でした。

そんなとき、私は意識的に考え方を切り替えるようにしています。

まず、これは「相手の問題」であって、「私が考え続ける問題ではない」ということ。
挨拶をほぼ無視したような状態にし、こじらせているのは相手側です。

次に、いくら考えても答えは出ないという現実。
前後の文脈が見えていない以上、正解にたどり着くことはできません。

そして、今回の面談内容から判断しても、私に落ち度があったとは考えにくいということ。
もし何かあれば、その場で話があるはずです。

最後に、「すべての人に好かれる必要はない」という視点。
仮に何か思われていたとしても、それはそれ。
必要以上に気にして、自分を消耗させる理由にはなりません。

こうしてひとつひとつ言葉にしていくと、
さっきまでぐるぐるしていた思考が、少しずつ静まっていきます。

完全に気にならなくなるわけではありません。
でも、「考え続けない」という選択はできる。

見えてしまった一部に引っ張られすぎず、
自分の時間と気持ちを守るために、意識して思考を止める。

そんなふうに、自分との付き合い方も少しずつ整えていきたいと思います。

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