何もできなかった日々と、また動き出せそうな今

やりたい、動きたい。
そんな気持ちが、少しずつ戻ってきました。


少し前まで、本当に何もする気が起きませんでした。

きっかけは急性中耳炎でしたが、そこにいくつかのトラブルが重なり、
気持ちが一気に落ちていきました。

それまでルーティンにしていたことも、すべてしんどく感じるようになりました。
やらなければいけない最低限のことだけをこなし、
それ以外の時間はドラマを見て過ごしたり、昼寝をしたりする毎日でした。

何もしていないことへの焦りはあるのに、体も心も動かない。
そんな状態が続いていました。


体調も気持ちも、そして日々の出来事も、やはり波があるのだと思います。

調子がいいときもあれば、どうしても動けないときもある。
特に、自分の努力では変えられないことが原因の場合は、その傾向が強くなると感じました。

相手が関わる問題は、一朝一夕で変えられるものではありません。
大人同士の問題であれば、距離をとったり、話し合ったりすることで解決に向かうこともあります。

しかし、不登校のように子どもが関わる問題はそう簡単にはいきません。
親もどうしてもその渦の中に入り、影響を受け続けることになります。


どうにもならないとき、人はなんとかしようとして動きます。

考えて、試して、またうまくいかずに疲れてしまう。
その繰り返しの中で、少しずつ考え方が変わったり、人に相談することで新しい選択肢が見えてきたりすることもありました。

その過程で、「諦める」という選択の意味も少しずつ理解できるようになりました。

それは投げ出すことではなく、今の自分にはこれ以上は難しいと認めて、自分自身を楽にするための選択です。そう考えることで、気持ちが少し軽くなることもありました。


この数週間は、吹雪の中にいるような感覚でした。

前が見えず、無理に進もうとすると余計に消耗してしまう。だからこそ、動かずにその場でやり過ごすという選択も必要だったのだと思います。

状況が落ち着くのを待つことも、ひとつの対処の方法なのだと実感しました。


そして今、少しずつですが「また動きたい」と思えるようになっています。

これからも波はあると思いますが、そのときは無理に抗わず、やり過ごすことも選択肢に入れていこうと思います。

そう考えられるようになったことで、以前よりも少しだけ気持ちが軽くなりました。

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