息ができない――ついに限界を迎えた日
ついに、その日はやってきました。
朝から息苦しさが続いていましたが、
気のせいだと思い込み、無理に動いていました。
その日は、こどもを夫に預けて、
自宅で友人とカレー作りをする予定の日でした。
久しぶりに大人同士でゆっくり過ごせる時間を楽しみにしていました。
けれど、家を出る前のこどもたちは、
まるでお祭り騒ぎのように部屋中を走り回り、
気づけば、強盗でも入ったのかと思うほどの散らかり具合でした。
私は慌てて片づけを始め、
息を切らしながら掃除機をかけました。
そのとき、まるでジョギングをしているかのように呼吸が荒くなり、
胸の奥がぎゅっと締めつけられるように苦しくなりました。
掃除をやめて横になっても、息苦しさはまったくおさまりません。
どんな姿勢をとっても、空気がうまく入ってこないような感覚が続きました。
「もしかして酸欠?」と思い、
パルスオキシメーターを人差し指にはさんでみました。
酸素濃度は99%。数値上は何の異常もありませんでした。
それでも息苦しさは増すばかりで、不安に駆られた私は、
スマートフォンで「息苦しい 原因」「呼吸 できない」といった言葉を検索しました。
そこにはさまざまな病名が並び、読み進めるほどに恐怖が膨らんでいきました。
心臓?肺?脳?――いくつもの可能性が頭をよぎり、
ソファに座ることも、横になることもできず、
ついには床に倒れこむようにうずくまってしまいました。
尋常ではない息苦しさに、急激に不安に襲われました。
もうどうしていいかわからず、
本州に住む友人にSOSの電話をかけました。
受話器の向こうで、友人は強い口調で言いました。
「すぐ救急車を呼んで!」
けれど、その言葉を聞いた瞬間、
私はなぜか動けませんでした。
119に電話をかけることのほうが、息苦しさよりも恐ろしく感じたのです。
このときの私は、心も体も、限界のサインを出していたのだと思います。



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