夫の入院を拒み続けた義母が、ついに限界を迎えた

次の受診は、二週間後に決まりました。

薬の効果が出るまでには、ある程度時間がかかる。

おそらく、そんな理由から二週間後の受診になったのだと思います。

「とにかく、この薬が効いてくれれば……」

私たちは、そんな思いで次の受診の日を待つことになりました。

けれど、その二週間は、決して穏やかなものではありませんでした。

夫の状態は、相変わらず混乱したままでした。

むしろ、日に日に症状が強くなっているように感じました。

私と訪問看護師さんは、夫の様子を見ながら、

「もう入院を考える段階なのではないか」

という認識になっていました。

家で過ごしながら薬の効果を待つ。

それだけでは、もう難しいのではないか。

そんな不安が、日に日に大きくなっていきました。

けれど、義母は夫の入院に対して、なかなか首を縦に振ろうとしませんでした。

「まだ家でみてあげたい」

義母は、そう言い続けていました。

夫を病院に入院させることへの抵抗があったのだと思います。

できることなら、家族の力で何とかしてあげたい。

そんな気持ちだったのかもしれません。

でも、現実はなかなか思うようにはいきませんでした。

夫は、突然、大声で泣き出すことがありました。

かと思えば、昔の出来事を延々と持ち出し、怒りをぶつけるように話し続けます。

同じ話を何度も繰り返し、感情が高ぶると、なかなか話が終わりません。

こちらがどれだけ話を聞いても、夫の気持ちが落ち着くわけではありませんでした。

話を聞けば聞くほど、さらに話が続いていく。

そんな状態でした。

夫本人も苦しかったのだと思います。

けれど、その話を受け止め続ける家族にとっても、それはかなりの負担でした。

私は主に家事と育児をしていました。

その一方で、夫の様子がおかしくなり、誰かが夫の話を聞かなければならなくなるたびに、義母が対応していました。

義母は夫と一緒に外へ出て、タバコを吸いながら、何分でも、何十分でも夫の話を聞き続けていました。

気がつけば、外にはタバコの吸い殻が山のように溜まっていました。

それだけの時間、義母は夫のそばにいて、話を受け止め続けていたのです。

義母自身、長年うつ病を患っていました。

今も完治したわけではありません。

そんな義母が、遠くからこちらへ来て、毎日のように不安定な夫のそばに付き添っていました。

最初は「まだ家でみてあげたい」と言っていた義母でしたが、少しずつ、その表情にも疲れが見えるようになっていきました。

憔悴していく義母の姿は、見ていてつらいものでした。

私と訪問看護師さんは、何度も夫本人に入院を勧めました。

「今の状態では、家で過ごし続けるのは難しいのではないか」

「一度、病院で治療を受けたほうがいいのではないか」

けれど、夫本人は依然として入院に納得しませんでした。

本人が納得しない。

義母も、まだ入院させたくない。

でも、家族の負担は確実に大きくなっている。

そんな状況の中で、少しずつ家族だけで支えることの限界が近づいていました。

そして、ついに先に限界を迎えたのは、義母でした。

「もう、家でみるのは難しい」

そう思うほど、義母自身も追い詰められていたのだと思います。

夫のために家で何とかしてあげたいという気持ちと、もう自分には支えきれないという現実。

その間で、義母自身も苦しんでいたのだと思います。

二週間後の受診を待つ間に、私たち家族の状況は、少しずつ変わり始めていました。

ついに初診の日がやってきた | でこぼこキッズママ

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