葬式では、いろいろな兄の一面を知ることができました。
兄の同僚や、昔からの友人とも話をしました。
本当に、たくさんの方と話したはずです。
でも、あのときの私は、やはりパニックの連続だったのでしょう。
数年経った今、思い出せることは少なくなっています。
せっかく兄のことを知る人たちと話をすることができたのに、今となっては、ほとんど覚えていない。
もっと聞いておけばよかった。
もっと兄のことを聞いておけばよかった。
そう思うと、何も覚えていない自分を情けなく感じます。
兄は、介護の会社で働いていました。
そこで働く人たちを統括するような仕事をしていたと聞きました。
きっと、たくさんの人と関わりながら仕事をしていたのでしょう。
葬儀に来てくださった方々から、もっといろいろな兄の話を聞いたはずなのに。
今の私には、それをほとんど書くことができません。
それが少し悔しいです。
通夜の夜には、家族ともたくさん話をしました。
兄のそばで、夜通し交代しながら付き添う「寝ずの番」もしました。
その夜のことも、すべてをはっきり覚えているわけではありません。
ただ、今でも強く印象に残っている言葉があります。
兄の元奥さんが、
「○○くんは、私と早く離婚したがっていました。
早く離婚してあげたら、こんなに苦しまなかったんでしょうかね……」
そう言って、泣いていました。
私は、その言葉を聞いていました。
そして、考えました。
何が兄を苦しめていたのでしょう。
離婚したこと。
ひとりになったこと。
仕事のこと。
それとも、ほかにも私たち家族には分からないことがあったのでしょうか。
私が思い当たることのひとつは、家族との不和でした。
つづく


コメント