私が考えた、兄との小さなお別れ

お葬式の話に戻ります。

兄のお葬式は、無宗派の家族葬のような形でした。

通夜を終えたあとは、基本的に出棺まで自由に過ごす形だったと思います。

私はふと思いました。

こんなお別れでいいんだろうか。

両親は憔悴しきっていて、何かを始めようとする様子はありませんでした。

無理もありません。

息子を突然失ったばかりなのです。

何かを考えたり、準備したりする余裕などなかったのだと思います。

でも私は、

小さな形でもいいから、何かお葬式のようなことをしてあげたい。

そう思いました。

そこで、持っていたノートを開きました。

そして、自分なりに「お葬式の台本」を考えて、書き込み始めたのです。

私が司会をする。

ひとりずつ、兄との思い出を話す。

最後に父から一言もらう。

そして、出棺する。

そんな流れでした。

大人は、ひとりずつ兄との思い出を話しました。

兄との思い出。

兄とのエピソード。

それぞれが、自分の言葉で兄のことを話しました。

子どもたちにも、できれば話してもらおうと思っていました。

でも、みんな泣いていました。

とても話せるような状態ではありませんでした。

結局、子どもたちに話してもらうことはやめました。

そして、その小さなお葬式を終え、兄を送り出しました。

今でも、ときどき考えます。

あのお葬式は、正解だったのでしょうか。

私が勝手に考えて、余計なことをしてしまったのではないでしょうか。

子どもたちに、必要以上につらい思いをさせてしまったのではないでしょうか。

兄のためになったのでしょうか。

それとも、私自身が「何かしてあげなければ」と思っていただけの、自己満足だったのでしょうか。

あの日のことを思い返すたびに、

「あれでよかったのだろうか」

と、自分に問いかけています。

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